コラム

地域住民の環境・緑地問題意識とコミュニティ形成の可能性
―札幌市における都心と郊外の比較研究―

2005年,当社顧問による調査研究

1. 研究の背景と目的

近年、札幌市郊外では、大型商業施設建設に伴う宅地開発に反対する一部の住民が、土地開発業者に対して、建設敷地内の樹林地や池、湿地を残した形での開発を求める住民運動を展開した。そのころ、都心では、不動産開発業者により、地価下落を背景とした土地を有効利用するため、高層マンションの建設ラッシュが進められてきた。また、都市整備事業を一つの狙いとする札幌市のコンパクトシティ構想も、都心の不動産開発を追認しているが、日照権問題をめぐり、不動産開発業者に対する建設反対運動が展開されている。そして、新しく分譲マンションに居住してきた新住民と一戸建てに住む旧住民及び、賃貸集合住宅に住む住民が地域の日照権問題を乗り越え、共存していくことが求められている。

このように、都心再開発と郊外開発により、都心と郊外では異なった環境問題が生じており、それぞれの地域が抱える課題に応えつつ、地域の魅力を創出することが求められている。現在、郊外では、一部の地域住民が、自然観察会や自然再生の活動を展開しており、都心でも、高層マンションを建てられないようにする地区計画が地権者を中心としてまとめられている。しかし、これからの都心と郊外のコミュニティ形成には、閉ざされた一部の住民活動から、多様な地域住民が共有して取り組む合意形成が求められていると言えよう。

以上を踏まえて、本論文では、札幌の都心と郊外における住民の生活環境条件の違いを検討した上で、住民の環境・緑地問題意識を明らかにする。この結果を踏まえた上で、都心と郊外において展開された住民運動から、地域住民の合意形成に至るプロセスを検討することにより、都心と郊外における、これからのコミュニティ形成の可能性を模索することを目的としている。

2. 研究の方法

2.1 仮説提示

研究目的を明らかにするため、浅川(1976ⅠⅡ、1977Ⅲ)の先行研究を踏まえた上で、仮説1、仮説2を提示した。また、仮説1、仮説2の対立仮説として仮説3、仮説4を提示した。また、仮説4の提示は、奥田(1983)、鈴木広(1986)、森岡(2002)の先行研究を踏まえた上で、都心と郊外の新しいコミュニティモデルを形成する可能性について、その検証作業を試みることを目的とした。

仮説1.都心と郊外の広大な公園に恵まれる地域では、住民の緑地に対する満足度は変わらない
仮説2.都心と郊外の地域環境問題に対する住民の関心は変わらない
仮説3.同じ地区でも、地域環境問題に対して一戸建ての関心は高いが、分譲マンション、賃貸集合住宅では関心が低い
仮説4.環境アメニティに対する住民の共同意識の再構築が新しい都心と郊外のコミュニティモデルを形成する

2.2 用語の定義

仮説を提示する上で、次の視点から用語を定義した。

地域環境問題:宅地開発による自然破壊を郊外における地域環境問題、マンション・ビル建設による日照権問題を都心における地域環境問題として示している。
地球環境問題:都心と郊外それぞれの地域における住民の共通・共同の地域環境問題を越えて、地球や都市という人びとの共有する環境問題を示している。
環境アメニティ:地域環境と地球環境に対する関心が融合した住民意識を示している。
コミュニティモデル:地域環境への関心と地球環境への関心を融合した地域住民の共同意識の再構築により形成されるモデルを示している。

2.3 サンプリングと回収率

調査期間:平成16年4月27日~5月17日
調査地:札幌市中央区第21投票区(投票区投票所:円山小学校)、札幌市清田区第4投票区(投票区投票所:平岡中央小学校)
調査対象者:34~79歳の有権者、各地区500名ずつ計1,000名を無作為抽出
調査法・回収率:郵送法により配布1,000名、回収:円山176名・平岡203名、回収率:円山35.2%・平岡40.6%

3. 都心と郊外における住民の環境意識の比較

3.1 地域環境

円山地区と平岡地区における、樹木・花・芝生等に対する住民の満足度では、「学校の緑」に関して、円山地区は、平岡地区に比べて満足度が低く、特に円山分譲マンションと円山賃貸集合住宅の満足度が低いことが明らかになった。また、平岡地区では、平岡一戸建て、平岡分譲マンション共に満足度が非常に高いことが明らかになった。

3.2 住居の快適性

円山地区、平岡地区共に、一戸建て、分譲マンションでは満足度に偏りはあまりなく、高い満足度であるが、円山賃貸集合住宅では極端に不満が高いことが明らかになった。

また、円山地区の男性は、円山地区の女性、及び平岡地区の男性、女性に比べて住居の快適性に満足していないこと。円山地区の女性は、円山地区の男性よりも満足しているが、平岡地区の男性及び女性よりは満足していないことが明らかになった。また、平岡地区では、性別に偏りなくほぼ同程度の満足度が示され、平岡男性、平岡女性共に円山男性、円山女性に比べて住居の快適性に満足していることが明らかになった。

また、円山54歳以下では、円山55歳以上、平岡54歳以下及び平岡55歳以上に比べて住居の快適性に極端に不満が高いこと。円山55歳以上及び、平岡54歳以下、55歳以上では年齢に偏りはあまり見られなく、ほぼ同程度の満足度であることが明らかになった。

3.3 身近な緑・自然と触れ合う機会

円山賃貸集合住宅では、自然体験の機会が極端に低いことが明らかになった。しかし、平岡一戸建て、平岡分譲マンションでは自然体験の機会が非常に低いのに対して、円山一戸建て、円山分譲マンションでは、自然体験の機会が非常に高く、特に円山分譲マンションの自然体験の機会が高いことが明らかになった。

また、性別では、円山男性の自然体験の機会が最も高く、平岡女性では最も自然体験の機会が低いことが明らかになった。この理由として、「公園での散歩・ジョギング・ピクニック」による自然との触れ合いが、円山男性では非常に高いのに対して平岡女性では低く、また、平岡女性では「その他の自然と触れ合うスポーツ」による自然との触れ合いでも非常に低いことが上げられる。

3.4 公園との関わり

特に好きな自然空間として円山公園、平岡梅林公園は、それぞれの公園が配置されている地域住民から、住居形態に偏りなく、高く支持されていることが明らかになった

また、円山地区では、全ての住居形態において、居住地選択の際、円山公園が近くにあることを重視している傾向が強く、世帯構成でも、一人暮らし、夫婦のみ、親子、三世代共に重視している傾向が強い。しかし、平岡地区では、全ての住居形態において、平岡梅林公園が近くにあることを全く考慮していない傾向が強く、世帯構成でも、一人暮らし、夫婦のみ、親子では全く考慮していない傾向が強いこと。また、三世代では自分以外が選択している傾向が強いことが明らかになった。

公園の利用頻度でも、円山地区では全ての住居形態で利用頻度が高いのに対して、平岡地区では全ての住居形態で利用頻度が低いことが明らかになった。

4. 調査の集約

4.1 円山地区の環境問題

「日当たり」に関して、円山分譲マンションの満足度は高いが、円山一戸建てでは最も不満が高く、円山賃貸集合住宅でも不満も高いことが明らかになった。また、日照権問題に対する関心では、円山分譲マンションに住む日照の受益者も、円山一戸建て、円山賃貸集合住宅に住む日照の受苦者と同様に、住居形態の違いを超えて、高い関心を示していることが明らかになった。しかし、円山賃貸集合住宅は、青年期の割合が非常に高く、居住年数も短い一過性住民であることが明らかにされている。

このことから、円山地区の日照権問題は生活環境の悪化に伴う移り住みが困難である、特に円山一戸建てと、円山分譲マンションの「日当たり」をめぐる対立であると言えよう。

また、円山分譲マンションに住む世代では、高齢期では最も高い割合を占めているが、青年期、壮年期、移行期でも同程度存在していることが明らかになった。また、円山一戸建に住む住民の世代では移行期が最も多く、次いで、高齢期、壮年期がそれぞれ同程度存在することが明らかになった。これにより、円山一戸建てと円山分譲マンション及び、円山分譲マンションに住む住民同士の日照権をめぐる対立は、主に世代が移行期以降の住民間の対立であると言える。

4.2 平岡地区の環境問題

平岡地区では、大型商業施設建設に伴う自然破壊に反対する一部の地域住民が、土地開発業者に対して、宅地開発に反対する運動を展開している。しかし、「宅地開発による自然破壊」に関して非常に関心が低いことが明らかになった。

この理由として、平岡地区では、オープンスペース「公園や広場、遊び場の整備」、「買い物の利便性」に関して、平岡一戸建て、平岡分譲マンション共に非常に満足度が高く、また、平岡地区の樹木・花・芝生に対する住民の満足度でも、平岡一戸建て、平岡分譲マンション共に、「学校の緑」に関して満足度も高いことが上げられる。また、宅地開発による自然破壊に対する関心の代替として、「地球温暖化」に対する関心が高まっていることが明らかになった。

4.3 円山地区のコミュニティ形成に向けた提言

町内会行事に対する取り組みでは、円山一戸建ての参加率は高いが、円山分譲マンション、特に円山賃貸集合住宅の参加率が低いことが明らかになった。

また、飯田(2005)によると、円山地区のジェントリフィケーション過程で起きている日照権問題は、流動層である賃貸集合住宅住民が、日照権問題に対する意見を他の住民に反映させる場所として町内会行事に参加意欲を持つきっかけとなると述べられている。

そして、今回の調査でも、この飯田の主張と同様の傾向が発見された。つまり、町内会行事へ参加している円山賃貸集合住宅に関しては、日照権問題へ非常に高い関心をもっていることが明らかになった。

また、飯田(2005)によると、円山地区の町内会では、一戸建て住民と賃貸集合住宅居住者の関係強化と、分譲マンションの開発業者および管理組合との合意形成が課題であると述べられている。

そして、今回の調査でも、この飯田の主張と同様の傾向が発見された。つまり、円山分譲マンションは、円山一戸建て、円山賃貸集合住宅に比べて「地球温暖化」に対する関心が高く、直接的な日当たりの被害を受けない住民ほど、グローバルな環境問題への関心を高めていることが明らかになっている。そこで、日照の受益者である円山分譲マンション住民が「日照権問題」に対する問題関心を持ち、日照の受苦者である、円山一戸建て及び円山賃貸集合住宅住民と共に、日当たりをめぐる「エゴ」の解消に向けた妥協点の模索が必要であると言える。そして、円山分譲マンション住民は、管理組合を通じた地域環境美化活動に取り組んでいるが、管理組合のみの活動にとどまらず、町内会との連携による活動が必要であると言える。

4.4 平岡地区のコミュニティ形成に向けた提言

平岡地区では「地域環境美化運動」の取り組みが高く、特に平岡一戸建てに住む壮年期の世代の取り組みが非常に高いが、平岡一戸建ての「地球温暖化」に対する関心は極端に低いことが明らかになった。また、平岡分譲マンションでは、「地球温暖化」と「地域環境美化運動」がどちらも同程度存在しているが、「地球温暖化」では、平岡分譲マンションに住む青年期の世代が最も関心が高いことが明らかになった。

また、平岡地区で、自然林再生の取り組みや自然観察会を行なっている「平岡どんぐりの森」の住民活動について、その代表である中田のインタビュー(2005年7月24日)結果から、「平岡どんぐりの森」の活動は、「地球温暖化」への関心と直接結びついたものではなく、「地域環境美化運動」に対する取り組みとの関係も見られないことが明らかになった。しかし、「地域環境美化運動」と「地球温暖化」は、近い関心領域のものとして捉えることができると言える。

このことを踏まえると、「地球温暖化」に対する関心が高い住民と、「平岡どんぐりの森」、「地域環境美化運動」に取り組む住民が協働で行うことのできるプロジェクトの構築が、平岡地区におけるこれからのコミュニティ形成に求められていると言える。